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なんと、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』も、僕が生まれた2000年に生まれました! ということを知らずに選びましたが(笑)、なんか興味深い偶然だなって。
実はこの映画は5年前くらいからずっと、「観なきゃ、観なきゃ」と思っていたんです。かつて一緒に住んでいた俳優仲間の一人に、「ちょっと暗い映画だけど、絶対に観た方がいいよ」と薦められて。これまで何度かトライしたのですが、長い(140分)のもあって、なかなか見通せなくて。今回、遂に完全鑑賞を果たしました!


2000
Real Lars von trier
Bjork
Catherine Deneuve
David Morse
Peter Stormare
Jean Marc Barr.
Collection Christophel © Zentropa Entertainments / Koskas
写真:Collection Christophel/アフロ
失われていく視界。
息子もやがて、同じ病気を発症する
鑑賞後の第一印象は、「きっと色んな解釈があるんだろうな」ということ。観る人によって感じ方も、見え方も、解釈も違ってくるだろうな、と。長尺だと思っていたのに、終わった瞬間、この映画が終わらずずっと続いていて欲しいな、主人公らの人生がずっと続いて欲しいなと思わされました。
主人公は、セルマという工場で働く女性で、やたら息子に厳しいんですよ。仕事の後、田舎の小さな劇団でミュージカル舞台のお稽古に行って、夜遅く家に帰ってくるので、僕はセルマが息子のことを気にしているのか、気にしていないのか、どっちなんだろうと感じてしまって。だから最初は、彼女が病を抱えていて、視力を失いつつあることにも気づかなくて。敷地内に住まわせてくれている警官ビルにハッキリ告白するシーンで、「そうか、だからセルマも息子も分厚い眼鏡を掛けているのか」と腑に落ちました。

彼女は貧しいトレイラーハウス暮らしで、しかも目が見えなくなりつつあるのに、なんでそんなに身を粉にして働いているのか不思議でもあって。その理由が少しずつ明らかになってくると、実はセルマという人が愛情深くて、優しさからくる息子への厳しさだったのかと分かってきます。彼女の病は遺伝性なので息子もやがて発症するらしく、そのための手術の費用を必死で貯めています。それなのに、とんでもない事件に巻き込まれてしまう。本作は、そんなセルマが必死で何かを残そうと奮闘する物語です。
ミュージカルが流れる間だけは
きつい現実から離れることができる
重い話ではありますが、撮り方や演出がすごく面白くて、そこに惹かれました。日常生活のパートは手持ちカメラで撮っていて、まるでホームビデオのような質感で。ところが劇中でセルマがいきなり歌い始めたり、踊り始めたりするミュージカルシーンに突入すると、固定カメラが使われていたりする。その対比が、とても面白かったですね。

ミュージカルシーンは、いわばセルマの現実逃避とも妄想ともいえるけれど、彼女が追い詰められている過酷な現実からフッと解き放たれるように、とても楽しいシーンに転調します。例えば目が見えにくいことを隠して働いている工場で、うるさい騒音がどんどんリズミカルになっていって、工場のみんなも踊り始める、とか。そういうシーンは、まるでディズニー・ミュージカルのような楽しさで、それがあるからこそ重い話でも最後まで見通すことが出来るんだな、と思ったほどです。
だから所々で挿入されるミュージカルが始まると、「来た~!!」と楽しくなって(笑)。物語的には、セルマが抱える絶望や最悪の状態に向かっているのですが、その時に挿入されるミュージカルシーンによって、セルマの気持ちや魂の叫びを昇華させていく、というか。観客側からしても、一度「ふうっ」と力が抜ける効用があります。
セルマみたいな人こそ、幸せに
生きてほしいのに。もう、辛い!
セルマを演じているのはアイスランドの有名な歌手ビョークさんで、セルマの清らかな魂が彼女の「歌声」によって体現されるのが、とても斬新でもあり、どの歌唱シーンも良かったです。彼女の歌を聞きながら、“生活の中に音楽がある。それがいいな”と、ふと思いました。
『蜜蜂と遠雷』でも似たことを言っていたな、と思い出して。例えばクラシック音楽は、雨音や風からインスパアされて生まれたりするので。

もう一つ、線路の鉄橋の上でジェフに「目が見えないのか?」と聞かれたとき、セルマが「私には見るべきものが、もうこの世にはない」みたいなことを言うんですが、その言葉に僕は「おお!!」となって。そこからミュージカルシーンに入っていくのですが、目が見えなくなることに対して自分がどう感じているか、どう考えてるかということが分かる。さらに最も印象に残ったのは彼女が絶唱する最後のシーンで、それについては「わしのツボ」コーナーで詳しく言いますが、ホントすごかったですね。
セルマは何でも自分で頑張っちゃおうとするのですが、周囲には手を差し伸べようとする親友キャシーや、セルマに恋をしているジェフなど、良い人たちが結構いるんですよ。それなのにセルマは「どうして、そんな行動するの?」と思わずにいられない選択をして、何かをするごとに悪い方、悪い方に行ってしまう。自分の力で解決しようと動くんだけれど、結果、それが良くない運命を招く。

しかも自分を騙した人に対しても、「沈黙の約束」を守り抜こうとするなんて、なぜなんだって。息子を愛するがゆえの自己犠牲は美しいなと少しは思うけれど、この人物との約束を守るなんて、この局面では違うでしょ、って。自分を犠牲にしてまで守るべき相手なのかって思わずにいられなくて。セルマの優しさや犠牲的精神は美しいかもしれないけれど、僕自身はそうじゃないから、そんなの絶対に無理、違うよって思いました。
でもやっぱり、セルマみたいな人こそ幸せに生きていて欲しいんですよ。セルマを「馬鹿だな」と思う人もきっといるだろうけれど、そこに揺るぎなくある人間の純粋さ、人としての綺麗さ、清らかさが映っているからこそ、悲しいです。もう、辛い(笑)!
“打ちのめされる系”の金字塔。
重い、でも「観て」と言うのは
だからこそ自分は、困った誰かに何かを与えられる人でいたいな、と思わされました。セルマはその手を掴まず、どんどん間違った方に行っちゃったけれど、手を差し伸べる人や人との繋がりの大事さを感じさせてくれる映画でもありました。
公開当時、「鬱映画」として大ヒットしたそうですが、これはもう打ちのめされる系の映画の金字塔ですよね(笑)。でも、こういう映画も絶対にあっていいと思うし。どうしようもないほど重たい映画ではあるけれど、逆になぜか「ちゃんと生きよう」って思わされたりして。枕言葉のように「重いけど」と付けちゃいますが、それでも「観て」と言いたいのは、観たら心に残るものが深くて大きいから。そういう映像体験として一度は是非、味わって欲しいです。


最後の決定的な場面で、カトリーヌ・ドヌーヴさんが演じる親友キャシーが階段を駆け上がってきて、セルマに“あるもの”を渡すシーンが、とっても好きでした。
キャシーは“あるもの”を通して、息子について伝えに来たんです。そして「心の声を聞いて!」的なことを言うのですが、僕的には最も感動したシーンです。そこからさらに感情的にも、映画の熱量としても上がっていく感じがあって。セルマは『最後から2番目の歌』という歌を歌い出すのですが、それがまた良くて......。

「あなたがそう思っているだけで、これは最後の歌じゃない。最後から2番目の歌」みたいな歌詞なんですけど、その歌にも色んな意味や解釈が込められているな、と。そしてラストシーン、あの幕の閉じ方は、また思わず声を漏らしちゃったくらい、衝撃的でありつつ素晴らしかったです。

『ダンサー・イン・ザ・ダーク』
作品情報&あらすじ

『ダンサー・イン・ザ・ダーク』
アメリカの片田舎。チェコ移民のセルマは息子ジーンと2人暮らし。貧しい暮らしだが、親切な友人らに囲まれ、大好きなミュージカルを楽しむ日々を送っている。しかし彼女は遺伝性の病で視力を失いつつあった......。手術を受けなければ、やがてジーンも同じ運命に。セルマはすべてを投げ打ち、愛する息子の未来を守ろうとするが――。(2000年/デンマーク/140分)
2000年(第53回)カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞。同映画祭でビュークが主演女優賞を受賞。日本初公開時、興行収入24.2億円の大ヒットを記録。2021年12月、4Kデジタルリマスター版でリバイバル公開。監督はラース・フォン・トリアー(『奇跡の海』『イディオッツ』に続く【黄金の心3部作】として本作を監督。他に『ドッグヴィル』など)。



ドラマ「リーガルビート―逆転の法廷―」がクランクアップしましたが、相変わらずせわしない日々を送っています。最終話は9月18日放送予定。Prime Videoでも配信されています。ドラマの主題歌は高橋優さんの「鳥」という曲ですが、高橋さんによると、僕が演じた泰地のように、「吃音の方が言葉を発しようとする瞬間の姿が、鳥が羽ばたく姿に似ていて美しいから。その姿を表現した」とおっしゃられて。アーティストの感性の素晴らしさに感動しました!
もう一つ、主演映画『藁にもすがる獣たち』が、9月25日(金)より公開になります。舞台挨拶なども行う予定なので、お会いできるのを楽しみにしています。思い返せば『喧嘩独学』も今年配信されたばかりなのに、遥か昔の出来事に感じるくらい、今年は盛りだくさんな年になっています。
Text:Chizuko Orita

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