LIFESTYLE

映画監督今泉力哉の「このシーンたぶんこういうこと」１作目：ジョナサン・デミ『フィラデルフィア』

2021.12.25

▼ 広告枠 : singular : article-top ▼

▼ WPの本文 ▼

１作目
ジョナサン・デミ
『フィラデルフィア』

監督／ジョナサン・デミ　出演／トム・ハンクス、デンゼル・ワシントン、アントニオ・バンデラスほか　発売元：ソニー・ピクチャーズエンタテインメント　Blu-ray￥2,619

エイズ患者であるアンドリュー・ベケット（トム・ハンクス）は所属する弁護士事務所を急にクビになり、差別による不当解雇だと訴訟を起こす。弁護依頼を引き受けたのは、かつて敵として戦った敏腕弁護士、ジョー・ミラー（デンゼル・ワシントン）。しかし、彼は同性愛者嫌いだった――。徐々に病に侵食されながらも生気を絶やさないベケットに、法廷での共闘を通して魅せられていくミラーの心の動きに注目したい。

映画が面白くなる秘密
「台詞と感情が別々だと豊か」

はじめまして、今泉力哉です。メンズノンノさんとは不思議とつながりが深く、『nico』で栁俊太郎さんと、『愛がなんだ』で成田凌さんと、『his』で宮沢氷魚さんと、『かそけきサンカヨウ』で鈴鹿央士さんとご一緒する機会がありまして。そんなご縁からでしょうか、連載を任せていただくことになりました。実は他にも気になっているモデルの方がいるので、今後ともどうぞお見知りおきを。

この連載は、毎回ひとつの映画のワンシーンにフォーカスして、好き勝手にその魅力を語るというもの。「この台詞や動きに注目するとより面白いかも」と提案するような内容なので、普段から映画が好きな人にも、そこまで映画を観ない人にも、より映画を楽しんでもらえるきっかけになればうれしいです。もちろん、つくり手志望の方の学びの場にもなれば。

記念すべき１作目はジョナサン・デミ監督の『フィラデルフィア』。これは同性愛を扱っている映画として『his』を撮った際に参考にしたもののひとつで、法廷劇でもあります。

ジョナサン・デミといえば『羊たちの沈黙』が最も有名ですが、他にはトーキング・ヘッズのライヴドキュメンタリー『ストップ・メイキング・センス』や『レイチェルの結婚』などがあり、ドキュメンタリー的な手法で撮ったシーンと音楽への愛が特徴的な監督です。人間がそこにいる、という映画をたくさん撮られています。

『フィラデルフィア』でデンゼル・ワシントンが演じるミラーは同性愛者に嫌悪感を示す弁護士。彼は同性愛者でエイズ患者である主人公・ベケット（トム・ハンクス）からの弁護依頼を一度は断ってしまいます。今回選んだのは、その日の夜のシーン。ミラーは家に帰って奥さんに依頼を断ったことを伝えます。「君のところに、手も触れられたくない男が来たとして、弁護を引き受けるか？」なんて聞いたりしながら。要するに理解者からの賛同を求めているんですね。でも奥さんは彼の同性愛嫌悪に反対しないまでも、あきれた表情を見せます。そしてミラー自身も言動からは判断に後悔していないように見えて、おそらくは深い葛藤や不安がある。それがわかるのは、この場面のミラーがうろうろ動き回りながら奥さんに話しかけているからなんです。口にしていることが本心であれば、面と向かってじっくりと主張すればいい。弁護士なんだから。でも、あえてミラーをせわしなく動かすことで「口に出した言葉」と「実際の気持ち」が必ずしも一致するわけではないと示している。

豊かな映画ほど、登場人物の繊細な心の動きがこんなふうに視覚的にも表現されています。演出の仕方や役者の演技次第で、人間が持っている複雑な感情を可視化できる可能性がある。それらのシーンが積み重なって１本の映画ができている。先駆者の映画から学びながら自分もつくり続けています。あぁ、映画って面白い。

次回はコーエン兄弟の『バートン・フィンク』について。お楽しみに。