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ジャンルやテイストを横断しながら、次々と名曲を世に送り出す米津玄師。高揚感や感動を求めて自ら楽曲を聴きにいっているはずなのに、“私たちの気持ちが揺れ動くところに、彼がいる“と思えてくる。とりわけ主題歌やテーマソングとなると、その魅力と存在感をひしひしと感じる。
7月17日公開の映画『キングダム 魂の決戦』の主題歌となる新曲「夜鷹」と、2026 NHKサッカーテーマ「烏」が2か月連続でリリース。ともに鳥の名を冠したそれぞれの曲に込めた思いや制作過程など、その魅力の理由に迫る。
境遇に共感する信を中心に
『キングダム』の世界観を凝縮した

──『キングダム』は米津さんにとってどんな作品でしょうか。
もともと主題歌を制作するお話をいただく以前から好きで読んでいた漫画で、桓騎(かんき)が活躍するあたりの頃に原作を初めて手に取って、「これが『キングダム』か。あちぃ...」という気持ちで読んだことを覚えています。
物語はいわゆる戦記もので、信(主人公)の成り上がりストーリーなのですが、そういうものにはあまり馴染みがない人生ではあったんです。なので、「どんな漫画なんだろう...」と読んでみたら、そこには“とにかく強くなって敵を打ち倒していって、少しずつ自分の力を拡大していく”という、いやおうなく感じる生理的快感があった。熱さを伴いながらもハッとする裏切りが起きる展開が入ってきたりして、すごく稀有な漫画だなと思いました。
──シリーズ最新作の映画『キングダム 魂の決戦』では、原作で人気の物語である“合従軍(がっしょうぐん)編”が描かれます。主題歌の「夜鷹」をつくるにあたり、原作を、そして映画本編を観たときの感想を教えてください。
今作は、打ち倒すべきヴィランとして、万極(まんごく/趙軍の副将)が据えられている映画だと思うんですけど、悲痛な過去と、それによっていやがおうでも持たざるをえなかった恨みという力をもって、信の前に立ちはだかる。そういった万極に宿る負のベクトルと、国を統一して争いをなくそうという信が抱く正のベクトルとの相剋(そうこく)がストーリーの軸になっていると思いました。信も万極も、どちらも本質的には同じく力を求めていて、そこには殺し合いがあって。大いなる大志があったとしても、ある意味で非常に虚しいことなのかもしれない。曲をつくるときに、そこに生まれる両面みたいなものが「夜鷹」に宿ってほしいなという意識は強くあったと思います。
──歌詞の世界の中に、相反する信と万極の存在を感じます。「夜鷹」をつくる際に意識したことや、曲に込めた思いを教えてください。
万極の人物像が影響を及ぼしている部分がありつつも、映画の終わり方やその余韻を考えたときに、今作に焦点を絞って“点”で曲をつくるのではなくて、『キングダム』という世界観を広く捉えた“面”を凝縮して曲にするほうがいいんじゃないかという意識がありました。“面”を凝縮するにあたって、その中心にピンを刺したのがやっぱり信であり、彼の人物像や彼の中に感じる自分と似たような部分を、触媒や鎹(かすがい)にしながらつくっていった感じがあります。
──ちなみに、「自分と似たような部分」とは?
「力を求める」みたいな気持ちは、子供の頃から自分にも強くあったような気がするんです。深い欲望や野心というか。「いい曲をつくりたい」とか「いい絵を描きたい」とかでもいいんですが、そういう強い野心みたいなものがあって、それをトキントキンに尖らしていくことが自分にとっての至上命題と思っていたし、「そのためだったら別に他のなんもいらんわな」みたいな気持ちでやっていたところがありました。
信も最初は何も持ってない一山いくらの青年で、いろいろなことに巻き込まれて悲惨な目に遭うなかで泥臭くやっていくというところに、割と共感を覚える部分がありましたね。あんなヤンキーっぽい人生を送ってきたわけではないですけど。
──特にどんなところに共感を覚えたのでしょうか?
自分はインターネットに大きく影響を受けて、感覚や感性が養われていったところがあるんです。小学5年生くらいのときに初めてうちにパソコンが来て、そこからインターネットを始めたのですが、当時のインターネットってお世辞にも行儀のいい場所ではなかったというか、割と無法地帯みたいなところがあったりして。どこぞの誰ともわからない人間が、無邪気に、あるいは露悪的に楽しむという価値観が蔓延(まんえん)していた。そこから時代を経てニコニコ動画に出会って、自分はボカロPというものになるんですけど、そこも似たようなものでした。ちょっとネガティブな言い方をしたかもしれないけれど、自分はそういう部分も含めて、あの場所をわりかし愛しているところがあるんですよね。
自分の曲も含めて、当時のインターネットにアップロードされている音源を聴いてみても、粗悪なものもよく転がっていて。百均で買った、ローが全然聴こえないイヤホンでミックスしているもんだから、下の方がスカスカで、ドンシャリでジャリジャリの曲がだいぶ多かった。いまになってみると、非常にジャンクだったけれど、いまだに懐かしく思うし、「むしろあれこそが一番かっこいいんじゃないか」っていうふうに思ったりするんです。いまのボカロPは自分がいたころに比べると技術的にすごく進歩しているけど、たまに「ドンシャリでスカスカだ!」みたいな曲に出会うと、グッとくるところがありますね。「いいよね、わかるわかる」って。
泥臭さって言っていいのかわからないけれど、そういう環境から生まれて、一つ一つやってきた自分と信を重ね合わせる部分はちょっとあるし、似ているのかもなって思っています。

──歩んできた軌跡に信とリンクする部分を見たんですね。そんな共通項を抽出して、かつ『キングダム』の世界観を捉えながら制作した「夜鷹」ですが、どこから、どのようにつくっていきましたか?
まず、荒々しい曲にしたかったんですよね。信の人物像につながる部分もあるし、加えて最近自分のマイブームである“とにかくガナって歌う”という感じも『キングダム』という物語は受け入れてくれると思ったので。インディーロックのような荒々しさを軸にしつつ、ドラムを打ち込んで──でもギターを入れるとトゥーマッチだなとか思いながらやっていったら篠笛が入ってきて、どんどんつくり込んでいくうちに東アジア的な要素を含んだ曲に、自然となっていったっていう感じですかね。
──確かに、どこか伝統音楽や和楽のような表情を感じます。つくっているうちに、音楽的な感覚に導かれたみたいな?
なんでしょうね。ただただ、ギターとベースとドラムをそのままドン! っていう曲をつくる気にあまりならなかったっていうのは大きくて。次に、「もう行くなら、行っちまえ」みたいな気持ちがありました。
あと個人的な話ですが、「夜鷹」をつくっていた時期に、一回自分のルーツを振り返ってみようと考えていて。いまだにそうなんですけど。徳島県出身なので、四国って一体どういうところだったんだろうと思って、改めて民俗学的な書籍とかで振り返ってみたんです。そのなかで誰が言い始めたのかもわからない四国の伝承・伝説みたいな話を調べていたので、必然的にそういう方に寄っていったのかもしれないですね。
資料をたどっていくと、けっこうおもしろい。平家物語が大はやりしていて、落ち延びた安徳天皇をはじめとする平家の伝説がそこかしこに残ってる。調べるとおもしろいんですよね。
みんながやらないだけで
同じ名前の曲が二つあってもいい

──そんな米津さんの興味やムードが反映されていたんですね。完成したいま、個人的に気に入っている、印象に残っている部分はどこですか?
2コーラス目の歌詞は気に入っていますね。〈亀裂の奥から光が射し込む〉はだいぶうまくいったなと思う。信は──または万極も、「俺たち何もなかったよな」みたいな悲痛な環境、またはある種の逆境の中を、自分の野心や欲望を頼りに前に進んでいく。真っ暗闇の中から何かを手探りで進んでいくわけだけど、亀裂が入ることによって、初めてその奥にある光が射し込んでくる。
亀裂ってネガティブなイメージやハートブレイクのような壊れるイメージがあるけれど、そんな逆境があったからこそ“自分が見定めるべき何か”が見えてくるというのは、往々にしてありえるんじゃないかと思ったんです。
──エンドロールで「夜鷹」が流れたとき、米津さんの世界観に惹かれると同時に、『キングダム』の余韻に包み込まれます。その感覚の理由を理解できた気がしました。今回、映画の主題歌をつくる上で大事にしたことは何ですか?
『キングダム』に限りませんが、やっぱり真摯でいることが大事だなと思っています。今回で言えば『キングダム』という作品、物語に対してと、自分自身に対しても真摯であるべき。「自分と対象の間に共通点ってどこにあるんだろう」と思ったとしても、どちらか一方に寄っていってしまうのは、もう一方に対して誠実じゃない。だから、ちゃんと両側から引っ張り合いをしながら──はなから存在しない磁石のS極とN極のちょうど中間点を見つけるように、そこに向かっていこうという意思は忘れちゃいかんなと思います。
──映画『キングダム 魂の決戦』のプロデューサー・松橋真三さんが公式コメントで「夜鷹」について、次のように触れています。「当初、映画のサブタイトルを『史上最大の決戦』にしようと思っていたのですが、この楽曲がひとつのヒントになり(『史上最大の決戦』から)『魂の決戦』に変更しました」。このお話を聞いたとき、どんなお気持ちでしたか?
とても光栄なことだなと素直に思いました。実は自分も、公式のコメントで初めて知ったんです。「え、変わったの?」って。
──(笑)。主題歌が作品を彩る音楽としてだけではなく、お互いに影響を与え合う触媒になっていることが素敵です。
双方向に何かが生まれたっていうのであれば、作った甲斐もあったもんだなと思いました。

──「夜鷹」のタイトルにどんな思いを込めましたか? 歌詞に出てくる〈夜鷹〉からつけられたのでしょうか?
なぜここに「夜鷹」というタイトルを持ってこようと思ったのかを探っていくと、たぶん宮沢賢治なんですよね。「よだかの星」。ただ、直接的にあの物語から影響を受けたというわけではなくて。自分が宮沢賢治を敬愛しすぎて、無意識的に彼の作品や言葉が自分の血肉になっているから、曲をつくっていて〈僕らは夜鷹〉という歌詞が出てきたときに、完全にタイトルに「夜鷹」がはまり込んじゃって、取り返しつかなくなった。
──すっぽりはまったんですね。
昔自分がつくった曲に「Nighthawks」という曲があって、これを日本語訳すると“夜鷹”なんですよね。一人のミュージシャンに同じタイトルの曲が二曲あるっていうのが、さすがにどうしたもんかみたいに思ったんだけれども、一回はまり込んだものが取り出せなくなった。完全にシンデレラフィットして、取り出すためのつかむところがないみたいな感じになっちゃったんです。でも、誰からも禁止されているわけじゃないし、実はみんなやらないだけで、一人のミュージシャンに同じタイトルの曲が二つあっても実は構わないよなって。
──一種の発明みたいですね。
そうやって慰めるように自己洗脳して自分を納得させて、いまに至っている感じです。
個人の気持ちや意思から生まれる
“内側からの解体”を表現したかった

──「夜鷹」に先立って発表された、NHKのサッカーのテーマ曲「烏」について。制作が決まったときの感想を教えてください。
昔からサッカーが好きで、サッカー観戦が自分にとって大いなる趣味だったので、サッカーをテーマに、そしてワールドカップをテーマに曲をつくれることは、本当に光栄なことだと思いました。
こういう仕事をしていると、漫画でも小説でも映画でも、好きなものを摂取していても、それに影響を受けて、自然と自分が作るものに反映されていくので、それらを純然たる趣味と呼んでいいのかみたいな思いがあって。そのなかでサッカーは、本当に仕事と関係なく、ただただ自分が好きで観ているものという感じがあったけれど、今回ついに仕事になりましたという。

──「烏」の歌詞を読んで、無垢な夢を見ていた子供時代を懐かしむ人の姿や、戦いを通して子供たちに夢や感動を与えるサッカー選手が思い浮かびます。どんな思いを込めて曲をつくっていったのでしょうか。
「夜鷹」と「烏」はつくっている時期が近かったことも含めて、「夜鷹」の方が先でしたが、曲をつくる前から「この二曲は双子になるだろうな」という意識があったんですよね。(『キングダム』と『サッカーW杯』は)どちらも規模の大きい戦い合いであり、集団になって相手を打ち負かさんとするっていう意味では、非常に近しいものがある。ざっくり簡単に言えば“陰”と“陽”みたいな二つになるだろうと予感がまずあって、実際につくったらそうなりました。
──なるほど...!
「夜鷹」は、欲望や野心を追い求めて進んでいくベクトルで曲をつくったけれど、「烏」は、その逆のベクトルをすごく重視したところがあって。その理由は、フィクションとノンフィクションの違いが大きかったなと思います。
サッカーの国際大会という、自国のチームと相手国のチームが戦い合い打ち負かさんとする場には、何かいろんなものが入り込んでしまうような感覚があったんですよね。至るところに火種が転がっている、いまのきな臭い世の中に我々がいる以上、「夜鷹」で描いたような“力を追い求めていくこと”を無批判でやるのは、あまりにも無責任だなという意識がすごく強くありました。
だから「烏」は、「相手に勝たなければならない」、「勝つことにこそ意味がある」というスポーツの構造的至上命題を語るだけにしたくなかったというか。その中で躍動している選手や、あるいは監督、スタッフはあくまで個人であって、スポーツがもつ構造と個人の間には少なからず距離があると思っていて、その距離の間に何か風を吹かすような曲にできればと思いました。集団でいながらも個人でいることは、決して矛盾することじゃない。この二つを両立させるために、こういった「夜鷹」と逆方向のベクトルで曲をつくるのが一番いいんじゃないかという意識がありましたね。
──ベクトルは違えど、「夜鷹」も「烏」も“個”がもつ強い思いを掬い上げようとする印象がありました。“「烏」らしさ”や“逆方向のベクトル”を表現できたと感じる、お気に入りのパートはありますか?
この曲は”内側からの解体”をすごく重視したんです。大きな枠組みの中にいる個人がシステムに乗って走らなければならないけれど、何のために走るかは、個人の気持ちや意思次第。勝つことを目的にしながらも、別に全体のためじゃなくてもいい。そういった構造を内側から解体する、解きほぐすような意識を曲に宿せないかっていう試みがあったんです。そのために必要だったのが、「寄せ書きをしまう」という言葉でした。
そもそもあまり攻撃的な曲ではないので、こういう一節がミスマッチだなって感じる人もいるとは思うんですけど...。チームの勝利を応援する意味をもつ寄せ書きって、そこに真心があればあるほど、受け取る相手にとって重たい錨(いかり)になりうる性質があると思うんですよね。もちろん誰が悪いわけではないけれども、さっき言った“内側から解体する”という個人の意志が重要であるならば、この一節を絶対に入れないとフェアじゃないし、成立しないと思いました。
──「夜鷹」でうかがった、“真摯でいる”というスタンスを「烏」にも感じます。タイトル「烏」を聞いて、日本サッカー協会のエンブレムである八咫烏(やたがらす)や中継でピッチを映す鳥瞰をイメージしましたが、「烏」と名付けた理由は?
選手の胸にいるエンブレムから着想を得ていますが、自分の意識としては、あくまで叙情的な響きのある八咫烏ではなくて、その辺でゴミとかつっついているカラス。名付けた理由を改めていろいろこう精査していくと、もうどうにも「烏」にならざるをえなかったというか、これ以上ないなという直感に従っていったら、たどり着いた感じですね。
「夜鷹」
デジタルシングル配信中
配信リンク:https://smej.lnk.to/Yodaka
「烏」
デジタルシングル配信中
配信リンク:https://smej.lnk.to/karasu
米津玄師 KENSHI YONEZU
音楽家・イラストレーター。ハチ名義でボーカロイド楽曲をニコニコ動画に投稿し群を抜いた実績を残した後、2012年より米津玄師として活動を開始。『Lemon』はBillboard年間ランキングを2年連続首位獲得、300万枚セールスを突破、ミュージックビデオは日本最多の再生数を記録。「パプリカ」はこどもたちの間で社会現象となり、2020年アルバム『STRAY SHEEP』は200万枚セールスという記録を樹立。プロデュース曲として、Foorin「パプリカ」、DAOKO「打上花火」、菅田将暉「まちがいさがし」等。TVアニメ『チェンソーマン』オープニング・テーマ「KICK BACK」は、アメリカレコード協会(RIAA)よりプラチナ認定という日本語詞楽曲として史上初の快挙を達成。2025年、劇場版「チェンソーマン レゼ篇」主題歌「IRIS OUT」は、国内ストリーミング史上最高の週間再生数、史上最速での1億回再生など様々な記録を樹立したほか、グローバルチャートでも日本語楽曲の歴代最高位を記録するなど、音楽史に残る記録を残し続けている。2026年は、6月に「2026 NHKサッカーテーマ」として「烏」を、7月に『キングダム 魂の決戦』主題歌として「夜鷹」をリリースした。11月6日からは全国7都市をめぐる「米津玄師 2026 TOUR / GHOST」を開催。
オフィシャルHP:http://reissuerecords.net/
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Photos:Yohji Uchida Interview & Text:Hisamoto Chikaraishi[S/T/D/Y]
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