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これまでに100本以上の作品に出演してきたマイケル・ケイン。数ある作品の中から代表作ともいえる5作品を、映画にまつわるイラストコラムで人気の川原瑞丸さんがナビゲートします!
『ミニミニ大作戦』(1969)
原題:THE ITALIAN JOB
青赤白の3台のミニクーパーがその小ぶりな車体を利点にイタリアはトリノの街中を逃走する痛快作。マイケル・ケインが演じたのは刑務所から出所するなり早速トリノでの金塊強奪を企てる大泥棒チャーリー・クローカー。
出世作『アルフィー』のタイトルロール、身勝手なプレイボーイのアルフィー・エルキンスにも通じる色男で惚けたキャラクターだが、こちらはあくまで盗みへのプロ意識を持った悪党。途中でイタリアのマフィアから脅しをかけられても屈さずに計画を進める根性の持ち主でもあり、愛車のアストンマーチンをマフィアのブルドーザーで潰され、谷底に落とされても顔色ひとつ変えないどころか、逆に脅し返すところがクールだった。
泥棒仲間を率いるリーダーとして、「いいか野郎ども!」みたいなテンションで場を仕切っているのだが、そこはマイケル・ケイン、終始上品で洒脱さが漂い、そういうバランスがこのキャラクターを魅力的にしていると思う。
『ハンナとその姉妹』(1986)
原題:HANNAH AND HER SISTERS
ハンナ、ホリー、リーの3姉妹とその周囲の男たちを描く本作で、ケインはハンナの夫で顧問投資家のエリオットを演じるのだが、大きな眼鏡に額の禿げ上がった、風采の上がらない造形が結構新鮮。
ハンナとの夫婦生活が倦怠期にあったエリオットは、妻の妹リーに密かに想いを寄せるようになり、ついにはそれを強引に告げてしまう。で、それに対して満更でもない態度を取ったリーの後ろ姿を見送りながら、「こりゃうれしい」と浮かべる笑みが、身勝手さを感じさせながらも憎めない印象。
街中でリーが現れるのを見計らって、建物の周りを走って先回りするシーンは悲しいほど滑稽だが、このとき着ているファー付きのトレンチコートが洒落ている。この役でケインはアカデミー助演男優賞に輝くが、『ジョーズ’87 復讐篇』の撮影と重なっていたため授賞式には出られなかったらしく、そんなところにまでエリオットというキャラクターのトホホ感が出ている気がする。
『サイダーハウス・ルール』(1999)
原題:THE CIDER HOUSE RULES
ジョン・アーヴィングの同名小説の映画化。孤児院で育った青年ホーマーが外の世界へ飛び出し、リンゴ農園で働きながら自らの道を模索する。そんなホーマーの師であり父親代わりでもある孤児院の院長、密かに堕胎手術も引き受けるウィルバー・ラーチ医師役は、ケインに二度目のアカデミー助演男優賞をもたらした(今度は出席)。
かつて演じた『アルフィー』では自分の子をみごもった人妻に堕胎手術を受けさせ、結果的に胎児の亡骸を目撃して衝撃を受けるというシーンがあったが、望まぬ妊娠をした女性の中絶や出産を助けるラーチ医師はまるでそんなアルフィーに対応するかのような役だ。
温厚で理知的ながら、息子同然のホーマーを自分の後継者にするため、大学の卒業証書を偽造するなど、手段を選ばない型破りなところも魅力的。そのときに見せるやんちゃな笑顔には、どこかプレイボーイのアルフィーや大泥棒チャーリー・クローカーの面影が垣間見える気がする。
『ダークナイト』(2008)
原題:THE DARK KNIGHT
今ではすっかりケインが常連として顔を出すクリストファー・ノーラン作品だが、中でも著名な役はバットマンことブルース・ウェインの執事アルフレッド・ペニーワースだろう。最新作ではアンディ・サーキスが新たに演じているが、それでも今なおケインの顔はこのキャラクターと結びついていると思う。
ブルースにとってのアルフレッドは単なる執事ではなく、ときに師でもあり、なにより両親を亡くした彼にとっては唯一の家族、父親代わりでもあるのだが(これはホーマーとラーチ医師の関係にも重なる)、ケインのアルフレッドとクリスチャン・ベイルのブルースの間にはこれら全ての関係がバランスよく織り込まれている。
ついに現れた宿敵ジョーカーに挑もうとするブルースに、アルフレッドは自分の過去の経験を交えて助言する。理屈や道理の通じない相手もいるのだと。このあとブルースが直面することになるであろう混沌や苦悩を予感させるようなセリフだった。
『グランドフィナーレ』(2015)
原題:YOUTH
スイスで療養する老音楽家のフレッド・バリンジャー役は、名優としての地位を築いたケイン自身と重なるようだが、長いキャリアに疲れ果てたようなフレッドは引退しており、演奏会で指揮をしてほしいという英国女王からの依頼ですら頑なに拒むほど、心を閉じてしまっている。
スターや富裕層ばかりが滞在しているアルプスのホテルで、娘や友人、顔見知りになった宿泊客たちとのやりとりを通して、それまでの人生を見つめ、老いにおののきながらも前進するしかないことを悟っていく。
かつて生み出した名曲の演奏ばかり求められることに疲れながらも、森のほとりで放牧されている牛たちを前に、その首に下げられている鈴の音や鳥の囀りに対して、まるで指揮をしているかのような気分に浸り恍惚とするシーンは、音楽への愛を決して忘れていないことを窺わせる。静かだが鋭さのあるフレッドが、淡々と観察するホテルや宿泊客たちの様子も、どこか不気味だが引き込まれる。
<PROFILE>
川原瑞丸
1991年生まれ。イラストレーター。
書籍や雑誌の装画・挿絵を中心に、映画や本のイラストレビューでも活動中。
https://mizmaru.com/
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