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今日もどこかで、だれかが喋ってる。小説家カツセマサヒコさんの1話完結、オール会話劇!<メンズノンノ2022年3月号掲載>
「あのー、まりかさん、ですか?」
「え? あっ、え?」
「あ、違いますか? あの、コウスケですけど。ティンダーの」
「あー、えっと」
「あ、ホラ、これ、僕です」
「あー……ああ! はい! ああ! はい!」
「わ、よかった! 人違いかと思いました!」
「わーごめんなさい、ちょっと、人見知りで」
「いやいや、言ってましたもんね。すみません。配慮足りなかったです」
「いやいやいや! そんな、そんな!」
「いやー会えてよかったです。ありがとうございます!」
「いやいやいや、こちらこそ、はい、はい」
「へへへ。待たせてすみません。じゃあ、さっそく行きましょうかね。って、どこ行くかも決めてないですけど」
「ははは、はい、どこでも」
「まりかさん、散歩は、好きですか?」
「あ、はい! 渋谷から表参道くらいだったら、全然歩きたいです。渋谷から恵比寿とかも」
「お、一緒だ。じゃあ、天気も良いですし、まずは散歩でもしますか?」
「はい、ぜひ、ぜひ!」
「よかった。いやー、でも、安心したー。ドタキャンされるんじゃないかって、ちょっとドキドキしてたんですよー」
「いやいやいや、そんな、そんな」
「へへへ、ありがとうございます」
「こちらこそ、あの、ありがとうございます。よかったです」
「あ、本当に? どこらへんがですか?」
「あ、えっと、全体的に? 素敵です」
「えー何それ、嬉うれしいです、ありがとう」
「いやいやいや、ほんと、こちらこそです」
「へへ、まりかさんはなんというか、思ったよりもアレですね」
「え、なんですか?」
「んー、大人しいというか、謙虚というか」
「え、そうですか? はは」
「うん。LINEだともうちょっとガサツというか、ああ、言い方悪いごめんなさい」
「いやいや! あの、全然です、むしろ、すみません」
「いえいえいえ! どっちも、好きです。気取ってないLINEもいいですし、落ち着いてる実物も、良いです」
「あははは」
「あ、なんか俺、めっちゃ口説いてるみたくなってます? あの、別に遊び慣れてるとかそういうんじゃないんですよ」
「あ、そうなんですか? なんか、慣れてるのかなあって思ってました」
「いやいや! やっぱり勘違いされてる! 確かにマッチングアプリですからね、いろんな人いますけども。でも、俺、こうやって会ったりするの、初めてですからね、本当に」
「え、そうなんですか?」
「はい。今も、めっちゃ緊張してます」
「えー、でもすごい、話しやすいです」
「え、本当ですか?」
「はい、本当に」
「へへへ、よかったです。あの、アプリで出会ったりとか、よくしてるんですか?」
「え、どう見えます?」
「あ、ずるい逃げ方だ」
「あはははは」
「えーでも、ゼロってことはないでしょ。何度かありそうです」
「おお〜。まあ、はい、そうですね、ゼロでは、ないです」
「あーやっぱり。全然そっちの方が慣れてる」
「いやいやいや、でも、あの、ほんと、ロクな出会いなかったので、今日は本当に、珍しいというか」
「え、俺、アタリのほうでした?」
「はい、あの、そこは、自信持ってください」
「へへへ、嬉しいです」
「ははは」
「あ、スタバ寄ってもいいですか? あったかいの、飲みたくないです?」
「あ、はい。ぜひ! ぜひ!」
「まりかさんってコーヒーはブラックでいける人ですか?」
「あー、苦手、です。ニガいものがだめなんですよね、舌が子供で。ビールとかも、だめで」
「あれ? 前にお酒全般いけるって言ってませんでしたっけ?」
「あれ? あ、言いましたっけ?」
「うん、飲みにも行きたい〜みたいな話したとき、だいたい飲めるし強いって、LINEした記憶あります」
「あれー! あ、そうかあ、そうでしたっけ? すみません」
「いやいや、全然。でもまあ、お酒自体は飲めるんですもんね?」
「あ、はい、そうですね。好きですね」
「そっかそっか。じゃあ、今夜は是非?」
「はい! 楽しみです!」
「へへ、よかったです」
「はははは」
「……あれ?」
「どうしました?」
「いや、なんか、今スマホ見たら、まりかさんからLINE来てました」
「え?」
「ほら、これ。このLINE、いつ送りました?」
「あれ? どれですか?」
「これ。『今どこにいます?』って、これ、今届いたんですけど」
「え、あれ?」
「あ、えっ? また来た。『ツタヤ前いるよ』って。ほら」
「あー、あれ? 時間差で、届いちゃってるんですかね? 最近わたしのスマホ、ちょーっと調子悪くて」
「ああー、そうなんですか? いや、いきなり時間差で来たから。あれ? でも、ちょっと待って? ほら、今度は写真で、ツタヤ前のやつ」
「あれ? あれ? あ、ほんとだー」
「あれ? これ、完全にリアルタイムっぽいんすけど。え? どゆこと?」
「あれー? え? あれー……?」
「え? こわいこわい。え、どゆこと? え?」
「え……?」
「あの、もしかして、ですけど」
「はい?」
「もしかして、まりかさん、では、ない?」
「ええー? いやいやいや、えー?」
「……え」
「いやー、あの……」
「え……マジで? そんなことあります?」
「いやー、あのですね、えっと」
「待って待って、え? 本当に、あなたは、まりかさんでは、ない?」
「あの、えーっと、確かに、まりかさん、では、ないんですけども……」
「……え、どゆこと? えっ、なに、どうなってるんですか、これ?」
「いや、あの、そうですよね、すみません……」
「え? 待って。これ、ドッキリ? え? いやいやいや。え、めっちゃ怖い何これ。え、待って、じゃあ、あなたは、誰ですか?」
「いや、あの、そうですよね、えっと」
「え、なに怖い、なに……?」
「いや、その、私はまりかさんではなくて」
「はい、それで?」
「その、本当に関係ないというか……。ただ、ツタヤ前で立っていただけでして……」
「ええ……? え、なに? どゆこと? それで『まりかさんですか?』って俺に聞かれて、ハイって答えちゃったんですか?」
「はい、あの、すみません……素敵な方だったので、つい……」
「えええええ……そんなことある……? いやいやいや。え? これ、どうしたらいいんですか、俺?」
「本当にすみません……」
「え、だってだって、待って? 今日の待ち合わせの時、白いモコモコのアウターにスカートで行くって言ってたし、その格好してますよね?」
「いや、それは知らなかったんですけど……。たまたま、その格好で……」
「いやいや、アイコンも! ちょっと似た感じありません? ほら! これ、見てください」
「いや、たぶん、あまり似てないです……」
「いやいやいや……えー、マジかあー……」
「ほんとすみません……」
「え、マジで、本当に、まりかさんとは別人で、赤の他人ってことですよね?」
「そう、ですね……。ごめんなさい」
「いやいやいやいや。はあ? ええ? マジ、そんなことある? ほんとどうしたらいいんですか、これ?」
「いや、あの、たぶん、本物のまりかさんに会ってあげた方が、いいと思います……」
「そりゃあそうですよね? だってあなた、偽者ですもんね?」
「はい、偽者です……」
「いや偽者って……。えー、マジで、謎すぎる。何してんのこれ」
「すみません本当にごめんなさい……」
「いやいやいや、もう、ちょっと、ワケわかんなすぎて笑える」
「そうですよね……はい、ごめんなさい……」
「あの、とりあえず、本物のまりかさんのとこ行くんで、もうここでお別れでいいですよね?」
「はい、もちろんです、はい、すみません」
「はい、あの、じゃあ、僕、向かうんで。ほんとごめんなさい。なんか」
「いや、こちらこそあの、本当に、すみませんでした……」
カツセマサヒコ
『明け方の若者たち』での衝撃的なデビューから、2作目『夜行秘密』と人気作を生み出す小説家。ぐさりと刺さる人間模様やリアルな感情の描写に若者から熱い支持を集めている。執筆のほか、ラジオ『NIGHT DIVER』(TOKYO FM、毎週土曜26時~)など、多方面で活躍中。インスタグラムは@katsuse_m。昨年末には映画『明け方の若者たち』も公開された。
※この会話はフィクションです。
撮影/伊達直人
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