男ひとり飯 | 洋平’sノンノ | MEN'S NON-NO WEB | メンズノンノ ウェブ

洋平’sノンノ

2018年 7月号

男ひとり飯

 先日、デビューして間もない頃従事していたバイト先の仲間から連絡が入った。何でも現在アパレル系の事業を立ち上げ、全国を駆け回っているらしい。ときどき東京にも出向くということで、ご飯にでも行きましょうとの誘いの電話だった。下積み時代を共にした仲間からの久々の連絡は何ともうれしいものである。

 ところでこの音楽業界という割かし派手な業界に身を置くと誰かしらと飯に行く機会が増える。その場合それなりの店に出向くことになる。やれ西麻布の◯◯だ、白金高輪の◯◯だの。どれもバイト時代には考えられない金額の店に入り、そしてまた舌鼓を打つほど美味な料理にありつく。

 それはそれで貴重な時間であり、経験を踏む機会でもあるからおろそかにするべきではない。しかし深みにはまると、バランスがくずれる。ひとり飯の時間が皆無になってしまう。結婚でもしていれば自宅に帰るという手段もあるのだろうが、独り身だとつき合うほか術がない。

 つまりひとり飯の時間のほうが貴重になってくるのだ。結婚をすると性交よりも自慰のほうが貴重になると既婚者からよく聞く。もしかしたらそれに近いのかもしれない。

 本来、私はひとりが好きだ。我がバンドのスタイルもそうだ。特定のシーンに属さないから、直属の後輩、先輩も特にいない。もちろんフェスや対バンではしっかりと社交的に振る舞うが、基本的にはつるまない。これは思想的な側面もあるが、どちらかというと個人的な性格からきている。

 というわけでひとり飯が好きである。理由としては孤独を噛みしめることができるからだ。最上級の“いい意味”での。もちろん私とて人とのコミュニケーションの大切さは認識しているつもりだ。しかし、そればかりでは咀嚼をする時間が少なくなる。先日誰々と話した会話の中身を脳みそで噛み砕き、心で消化する。その時間にうってつけなのは、何を隠そうひとり飯の時間なのである。

 もっというと、ひとり飯中でもコミュニケーションは可能だ。周りの客の会話をこっそりおすそ分けしてもらう。けんか中のカップル、商談中のサラリーマン、取り繕い合ってる女性グループ。声の大小にかかわらず、ひとりだと耳をそばだてなくても入ってくる。

 不思議なもので、ぜひ聞いてください、と言われているような気になる。まるで各テーブルで違う演劇が行われているようである(以前紹介したN.Y.のスリープノーモアさながらである)。大阪だとたまにコントをしているカップルも見受けられる。その人間模様を素知らぬ顔で視聴するのである。一観客として。

 それにしても人というのは集団で会話をすると周囲を気にしなくなるのだなぁと気づかされる。自分も数人で食卓を囲むときはそうなのであろう。特に反省はしないが。

 そしてもうひとつ、自分のペースで遂行できるのも魅力のひとつだ。食べる速度だけでなく、1.店選びから、2.食べる時間帯も含めてである。この2つを好き勝手に弄くれるだけで何と贅沢なことか。例えば午前中から焼き肉を食べることができたら…罪悪感さえ感じるはずだ。そんな店はなかなかないが。

 しかし、やはり人間がひとりで飯を食う姿というのは見た目に寂しい。定食屋やラーメン屋なら余裕だが、若い女性が多く集まるパンケーキの上に生クリームを死ぬほどのせ狂うようなお洒落カフェなどは難易度が高い。実はこういう店こそひとりで行ってみたいのに。

 しかし私ぐらいになると『孤独のグルメ』の井之頭五郎よろしく、ガンガン入っていく。ひとり飯を堪能するためなら、人の視線などお構いなしである。というわけで、もし伊達メガネをかけた、目つきの悪い、所々金髪の男を見かけてもそっとしておいてくださいな。

  • TOPへ戻る

SPECIAL