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【なかやまきんに君スペシャルインタビュー】筋肉留学、筋肉YouTuber、ボディビルダー、いつだって筋肉ファースト!

【なかやまきんに君スペシャルインタビュー】筋肉留学、筋肉YouTuber、ボディビルダー、いつだって筋肉ファースト!

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養成所時代から「マッチョのヘンなヤツがいる」と言われ、筋肉を使った独自のネタでブレイク。27歳のときに芸能活動を一時休業し、ボディビルの聖地であるロサンゼルスへ筋肉留学を果たすなど、いつだって筋肉ファースト。3年ほど前から本格的にYouTubeを始め、面白くて役に立つ筋トレ動画は大人気。チャンネル登録者数は130万人を超えている。現在はボディビルダーとしても活躍し、筋肉に関する豊富な知識をもとに商品プロデュースも手がけている。「筋肉は人生の教科書」と語るこの人にインタビュー。

なかやまきんに君

COMEDIAN, BODYBUILDER

1978年、福岡県出身。吉本興業のNSC大阪22期を卒業し、2000年にピン芸人としてデビュー。03年、「第24回ABCお笑い新人グランプリ」で審査員特別賞を受賞。06年、「R-1ぐらんぷり2006」決勝進出。同年、米・ロサンゼルスへ“筋肉留学”し、11年にサンタモニカカレッジ運動生理学部卒業。今年5月に行われた「第29回東京ノービスボディビル選手権大会」75㎏超級で初優勝を果たし、ボディビルダーとしても活躍している。「ザ・プロテイン」やアパレルブランド「POWER」のプロデュースのほか、「ザ・パワースープ」や「ザ・パワーチキン」などの食品開発も手がける。

とにかく覚えてもらうために、毎回タンクトップを着ていった

――YouTubeチャンネル「ザ・きんにくTV【The Muscle TV】」が人気です。登録者数が130万人を超えているのはすごいですよね。

ありがとうございます。自分の得意分野を発信できたらいいなぐらいの気持ちでやり始めたんですけど、コロナ禍の影響でトレーニングとかダイエットに取り組む人がより増えて、その流れもあって注目が集まっているんだと思います。

――そもそも筋肉に目覚めたのはいつ頃だったんですか?

小学生のときからずっとバスケットボールをやっていたんですけど、高3の夏で部活を引退するじゃないですか。今までずっと体を動かしていたから、急に何もしなくなることに違和感があったし、運動不足になるのはイヤだなということで、ジムに行くことにしたんです。ただ、当時は近所にジムが全然なくて、自転車で30分ぐらいのところを見つけて入会したら、そこがマニアックなボディビルジムで。壁にボディビルダーのポスターが張ってあって、最初のうちは「こんな体にはなりたくないな」って思っていたんですけど、ベンチプレスとかバーベルをやっているとどんどん強くなっていくので、だんだん楽しくなってハマっていった感じですね。

――そのときから将来は筋肉芸人になろうと思っていたのですか?

高3のときにはもうお笑いをやりたいと決めていましたが、筋肉芸人になるという考えはなかったです。たしかに筋トレにハマって、こんなすごいものを続けていったら間違いなく何かあるだろうなとは思っていましたけど、あくまでもその当時は趣味という感じでした。それで、吉本の養成所(NSC)に行ったら、当時600人ぐらい生徒がいて。もう誰が誰だかわからない状態で、「この中からどう目立っていったらいいんだろう」というのをまず考えて、とにかくみんなにわかりやすく覚えてもらうために、毎回タンクトップを着て授業を受けることにしたんです。そうしたら「すごい筋肉のヤツがいる」と話題になって、まだNSC生なのに先輩のFUJIWARAさんのイベントに呼んでもらえて。そのイベントで若手に芸名をつけようというコーナーがあったんですけど、そこで原西(孝幸)さんから「きんに君っていいんじゃない」と言われて、名前が決まったんです。何かもう筋肉がきっかけとなって、どんどんつながっていった感じでしたね。


4年半の筋肉留学で絶対に成し遂げたかったこと

――デビュー後は筋肉芸人として人気者になりました。仕事も順調だったと思うのですが、あるとき急に芸能活動を休業してロサンゼルスへ筋肉留学に出かけます。どうして行こうと思ったのですか?

筋肉留学に行った理由は2つあって、ひとつは17歳から筋トレを始めて、あの頃は今みたいにネットで簡単に調べられるような時代ではなかったから、情報といえば『アイアンマン』と『月刊ボディビルディング』で仕入れるしかなかったんです。その中でたまにアメリカの西海岸のヴェニスビーチの特集とかもあって、あそこはボディビルダーにとっては聖地みたいなところですから、自分もいつかそこに住んで、筋トレしてみたいなというのがまずひとつありました。

――なるほど。でも、仕事をわざわざ休んでまで行くのに不安とかはなかったんですか?

当時、ライバルというか、レイザーラモンHGさんが大ブレイクして、肉体派の仕事が全部そっちに行ってしまったんです。そういうのもあって、もう自分も20代後半になっていたし、このままでいいのかというのがありました。それで、仕事で海外ロケに行ったりすると筋肉ルーレットとか、ボン・ジョヴィの曲に合わせてスパゲティにチーズをかけるみたいなネタをやっていたんですけど、これがすごくウケるんですよ。向こうにはハリウッドもありますし、もしかしたら何かできるかもしれないと思って。筋肉への憧れと、ハリウッドのエンターテインメントへの憧れの2つが筋肉留学の理由ですね。

――4年半も筋肉留学に行っていたんですよね。向こうでは何をしていたんですか?

最初はオーディションを受けていました。マッチョのアジア人がヘンな英語をしゃべって、筋肉ルーレットをやるとすごくウケるんですよ。すぐに仕事も決まって、「2週間後にニューヨークに来てください」とか言われるんですけど、学生ビザだと言うと「2週間では就労ビザを用意できないからすみません」というのが4~5件続いて。これはもう無理かもしれないなと思って、じゃあ、帰るまでにアメリカでしかできないことをやろうと切り替えて、しっかり勉強だけはして帰ろうと決めたんです。

――のんびり遊んで過ごそうという考えはなかったんですか?

たしかにちょっと遊んで旅行して、「いい経験したな」で帰る人は多いんですけど、僕はそうじゃないと思ったんです。せっかく行ったんだったら、何かちゃんとやり遂げようと。それで、サンタモニカカレッジというところに入学して、何があっても絶対に卒業しようと決めました。ただ、最初のうちは授業を聞いても全然わからない。訳しながらなので、教科書の見開き1ページを理解するのに1時間かかることもありました。それでもとにかく勉強しないといけないから、睡眠時間は1日3時間ぐらいで、もうめちゃめちゃ大変でしたね。アメリカで就職するわけでもないし、誰かが「すごいね」って褒めてくれるわけでもないので、本当にキツかったけど、この頑張りは必ずあとで生きると信じてやり続け、ちゃんと卒業しました。

――よく「痩せて帰ってきた」なんてイジられていましたけど、勉強が大変だったんですね。

そうです。筋トレどころではなかったですからね。ただ、そうやって笑いにしてもらってよかったなと思うんですよ。経験したことがない人に向かって、どれだけ大変だったかなんて話しても伝わらないだろうし、それなら「筋肉留学に行ったのに痩せて帰ってきた」って話のほうが面白いじゃないですか。英語も本当はしゃべれるけど、ただ普通にしゃべっても笑いにはならないし、だったら「アーノルド・シュワルツェネッガーを正しく発音できます」というネタをやって、「4年半も行ってそれだけかい」みたいなほうが面白いですよね。


80歳でボディビルの世界大会に出る!

――筋トレってすごくキツいと思うんですけど、キツいときってどう乗り越えているんですか?

キツいということは効いているということです。効いてないと筋肉は成長しませんから。回数をやったから満足とか、重いのを挙げたから満足ではなく、どれだけ対象となる筋肉に負荷をかけられたかということなので、キツいとめちゃめちゃうれしいんですよ。「わぁ、今日はいいトレーニングしたな。これで成長するぞ!」って。

――筋トレを始めたけれど、途中で挫折する人はけっこう多いです。やり続けるコツって何かありますか?

ポイントとしては、自分が変えたい体の部位がありますよね。二の腕なのか、ヒップなのか、おなかまわりなのか。それをまず決めて、そこに効くトレーニングを1種目だけでいいから、毎日10回やってください。いろいろなところをやると、あれもやらなきゃ、これもやらなきゃとなって、苦になるパターンがあるので、まずは自分の変えたい部位を1種目だけ10回を毎日やってみる。そのうえで、どういう感覚だったかを常に観察してほしいんですよ。最初はこんなにキツかったけど、だんだんとラクになってきているなと思ったら、じゃあ、今度はもう少し増やしてみる。大事なのは、ステップアップは自分で決めることなんです。筋肉のトビラはみずからの筋肉で開く! それが続けられるポイントだと思います。

「筋肉のトビラは
みずからの筋肉で開く!」

――筋トレをして体が引き締まってくると服も似合いますよね。

間違いなくカッコよくなりますし、そうなると自信も出てくると思うんですよ。よく筋肉業界では、筋肉は一生ものの服とか、筋肉はオーダーメイドの服なんてことを言うんですが、オリジナルの服を自分でどんどんつくり込んでいっているようなものですよね。自分にいちばん合う服をデザインし続けているのと同じというか、そういう意味でも筋肉はいちばんのファッションだと思います。

――たしかに。シンプルにTシャツ1枚でもカッコよく見えますもんね。

はい。ただ、みんながみんな筋トレをすればいいとは思わないんですよ。向き不向き、好き嫌いは絶対にあるので、筋トレが好きじゃない、筋トレが苦手という人は当然います。その人はたまたま筋トレが得意じゃなかっただけで、例えばゲームが得意かもしれないし、勉強が得意かもしれないし、筋トレじゃなくてストレッチなら続いたかもしれない。だから、できない人とかやらない人に対して、たまに気合が足りないからだとか言う人もいるんですけど、まったくそんなことはありません。僕はたまたま筋トレが好きになって、目標ができただけで、みんながそうである必要はないと思っています。

――目標って何ですか?

80歳でボディビルの世界大会に出場することです。今は才能のある人たちには勝てないですけど、やっぱり年をとるとやめていく人は多いじゃないですか。僕は必ず最後まで続けて、80歳で日本代表として世界大会に出場するというのが目標です。そうなったらカッコいいですよね。だから、普段から食べ物にも気を使っていますし、体のケアもしています。今からもう準備は始まっているんですよ。

 

Photos:Kyouhei Yamamoto Composition & Text:Masayuki Sawada Cooperation:GOLD’S GYM

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