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僕、たまに短編を観たくなるんです。2時間は無理だけど、ちょっと何か観たいな、という時ってありますよね。そんな時、丁度『歌うたい』に出会って。僕が元々音楽映画が好きだというのもありこの連載でも何度か取り上げていますが、これはもう予想以上にメチャクチャ良かったです。たった18分にギュッと旨味が凝縮されていて、本当に感動しちゃいました。
ちなみに先日、発表されたばかりの米アカデミー賞でも見事、短編実写映画賞を獲得しましたよ!


『歌うたい』
Netflix映画『歌うたい』独占配信中
舞台は場末の小さなバー。薄暗いカウンターで、マスターとくたびれた男たちが会話しているところから始まります。会話と言ってもてんでバラバラで、単なる愚痴みたいだったり、カタツムリくれと言ってたり、ホント大した話じゃなくて(笑)。
そんな時に一人の中年男が、「金がない。ビールを奢ってくれ。歌なら誰にも負けない」とか言い出して、100ドルとビール1本を賭けて歌の勝負が始まるんです。
男たちの歌が始まると、
タバコの煙るバーの空気が
どんどん熱を帯びていく
マスターをはじめ、みんなが“歌が上手い”と認めているセミプロみたいなお爺ちゃんがいて、今は鼻に管を通していて病気っぽいんですが、そのお爺ちゃんが歌い始めた瞬間、なんか空気が変わるんですよ。上手いとかだけじゃなくて、渋くて味があって滅茶苦茶カッコイイ。そのうちに、言い出しっぺの中年男が歌に合わせてピアノを弾き出したりするのですが、それがまた上手くて驚きました。
そのピアノの映し方が、またカッコ良くて。ピアノの上の照明がまるでスポットライトのようで、なぜこんなにカッコ良く撮れるんだろうって驚くほど。毎カット毎カットすべてカッコ良いのですが、タバコの煙がこんなにセクシーだなんて、僕、初めて感じたかもしれないです。

序盤は愚痴みたいな会話が続くスローな入り方をするのですが、歌が始まると、どんどん空気が変わっていくんですね。ノリが良くなるとかじゃなく、なんか空気に熱が帯びていくというか、温度がどんどん上がっていく感じ。
病気っぽかったり、お金がなかったり、疲れていたり、マスターは恋人と別れたみたいで孤独だとか、みんな辛いことを抱えているのが段々と分かって来るのですが、彼らの人生の辛苦や今の状態が、それぞれが歌う歌詞にもちょっとリンクしているんですよね。
さらに、次に誰が歌い始めるのか分からないというか、「え、お前もか!?」みたいなスリルもあって、それが面白くて。そんな中にあって、トイレに行ってメチャクチャ美声で歌っていたシャイそうな男の人が、みんなの前では歌わずに静かに帰ってしまうのも、何か良かったですね。
また、一人のお爺ちゃんが踊り出すシーンがあるんです。ほんの10秒くらいのカットなんですが、お爺ちゃんが歌のメロディに乗って、つい動き出しちゃうみたいな感じで踊り始めるシーンがメチャクチャ好きで、いいなぁ~ってなりました。その踊りも、なんか可愛らしい(笑)。お爺ちゃんたちのファッションも、シャツとか毛糸の帽子とか、なんか古着っぽい質感や味わいに可愛さがあって、それも好きでした。

人生の辛苦が伝わる歌。
互いへのいたわりやリスペクトが
生まれる後半は、本当に感動的
やがてバーのマスターも歌い始めるのですが、その時にカウンター全体が映って真ん中あたりに座っていた人がゆっくり目を閉じるんです。なんか染みている感じがする表情が、またとても良かったです。タバコの煙やグラスや間にいる人などを通して、“何か越しに映っている画”みたいなのが、以前このコーナーで紹介した写真家ソール・ライターさんの撮る写真を彷彿とさせたりして、そういうカットや撮り方も本当にステキで好きだな、と思いながら観ていました。
18分にギュッと凝縮されてはいるけれど、ちっともギチギチ感はなくて、むしろ余白もちゃんと残されている感じが良いんです。それぞれの人生が詳しく語られることはないけれど、人生の深みや味わって来た辛さみたいなのが、歌を聴くことによってこっちの胸に入って来る、みたいな。荒くれものっぽい男の人たちが、歌を歌うこと、あるいは誰かの歌を聴くことによって、段々と互いへのいたわりが生まれるというか、リスペクトや一体感が生まれていく後半は、本当に感動的です。
言葉を尽くさなくても気持ちが一つになれるというか。理屈じゃなくて音楽って、人間の生まれながらの感覚や感性に根付いたものがあるんだろうな、やっぱり音楽っていいな、としみじみ思いました。ジャズもあればソウルもあり、さらに最後はオペラという別角度すぎるジャンルまで飛び込んできて締まる、というのも良かったですね。これはもう、たった18分なので、いつでもどこでも何度でも、誰にでも観て欲しい一作です。

マスターが歌うのが、誰もが聴いたことがありそうな曲で、映画『ゴースト』(1990年)のテーマ曲というか、あの「アンチェインド・メロディ」なんですよ。もう、それを聴いた途端、『ゴースト』の例の有名なシーンが脳内にフラッシュバックして、テンションが爆上がりしました(笑)。
僕、あの「(陶芸の)ろくろを回す」シーンが本当に好きすぎて、いつか自分もあのシチュエーションを叶えたいという夢があるんです。いずれ僕も結婚したら、家でパートナーの方とろくろを一緒に回したいな、って。なんかただの変態に聞こえますが、それくらい、あの曲が好きだったので、本当にマスターの歌声には痺れました。
マスターが歌い終わった時に、カウンターの後ろに貼ってあった恋人らしき人の似顔絵をすごい悲しい表情をして見ていて。そこへ、みんなが集まってペンギンみたいに重なるシーンは(笑)、本気で痺れました。

『歌うたい』
作品情報&あらすじ

場末の小さなバー。常連たちが雑談をし、酒を飲んではくだを巻き、いつもの夜を過ごしていた。そこへ一人の男の声かけで、100ドルとビール一杯をかけて歌合戦が始まる。互いの歌声が響き合い、いつもの孤独な夜が魂をさらけ出すひと時へと変わっていく。監督はサム・デイヴィス。ツルゲーネフの『猟人日記』に収録された短編小説を基に、現代アメリカのバーに舞台を移して再構築したという。本年度アカデミー賞短編実写映画賞のほか、多数の映画祭で賞を受賞している。原題は『The Singers』。



4月から始まる(始まった?)新しいドラマ撮影、真っ最中です。今年は先日、情報解禁になったNetflixのオリジナルドラマもあって、自分ではまだ観られていないのですが、周りからはなかなか面白いという噂も聞こえてきているので、色々と楽しみな作品が発表になる機会が続きそうです。
Text:Chizuko Orita
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