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【連載】映画監督 今泉力哉の「このシーンたぶんこういうこと」6作目:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ『イゴールの約束』

【連載】映画監督 今泉力哉の「このシーンたぶんこういうこと」6作目:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ『イゴールの約束』

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映画監督の今泉力哉が、毎回ひとつの映画のワンシーンにフォーカスし、「映画が面白くなる秘密」を解き明かす連載。

作目
ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ
『イゴールの約束』

監督/ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ 出演/ジェレミー・レニエ、オリビエ・グルメ、アシタ・ウエドラオゴほか Amazonプライム・ビデオなどで配信中
©Les Films du Fleuve

少年イゴールは父と二人で暮らしている。ゴーカートに乗るのが好きで見習いとして自動車修理工場で働くも、不法移民の宿泊施設を管理する父の仕事も手伝う必要があり、やがて修理工場はクビになってしまう。ある日、イゴールは重大な事故を目にするが、父の命令で真実を隠蔽(いんぺい)することに。そこで交わされた「ある約束」と、つき従う父との関係の中でもがくイゴール。映画は彼の心の動きを追いかけ続ける。


映画が面白くなる秘密
「クローズアップを選べなかった一瞬」

映画に「劇伴」はいらないんじゃないか。ダルデンヌ兄弟の作品を観ているとそう感じます。彼らの初期作品には、実際にその場で演奏されているものとしての音楽は登場するものの、劇伴(背景音楽)が一切ありません。そのことで生まれているのは映像そのものの緊張感。劇伴を使用することで、人物の感情をより豊かに表現することもできますが、一方で説明的になりすぎてしまうこともある。自分の映画製作では編集の段階で劇伴をつけていくのですが、いつもどれくらい省くことができるか考えています。

音楽以外にもダルデンヌ兄弟の映画はとにかく「説明」を排します。『イゴールの約束』では冒頭、自動車整備の見習いをするイゴールが客の車から財布をくすねる姿がただ映し出されます。どんな街に住み、どんな境遇にあるのかはわからないけど、その場面だけで彼が裕福ではなく、悪ガキだということも伝わってくる。こんなふうに人物の表情や行動をひたすら追い続けて、キャラクターや物語に輪郭を与えていくのがダルデンヌ作品の特徴です。

この省略の美学を感じる映画に、一か所だけすごく不自然なカットのつなぎがあって、今回はそこに注目します。

映画の後半、イゴールは従い続けた父の元を離れて、不法移民の黒人女性アシタとその赤子を救うために逃亡します。その展開の中で、橋の下にいたアシタが橋の上から見ず知らずの白人男性に小便をかけられ、さらに彼らにバイクで荷物を轢(ひ)かれる場面があります。この、バイクが遠くに走り去っていった次のカットの始まりがとても変なのです。ここまでの描き方であれば轢かれた荷物を拾うイゴールの「顔や動作」にクローズアップしてもいいところを、前のカットの終わりとほとんど同じ画角で「二人の全身」を映し出すロングショットを用いているんです。クローズアップでつないできたからこその緊張感がこのせいで緩んでいてミスなんじゃないかと思うほど。

でも実はこのシーン、アップにしなかったというよりもアップにできなかったのかもしれません。優位的な男性から人種差別的な扱いを受けたアシタと、たまたま水を買いにその場を離れていたイゴール。その寄り添い合えない姿をそのまま映し出すことに徹しているのかも。アシタに対してフォローの仕方がわからないイゴール。この場面では二人が対等の立場として存在している。だからダルデンヌ監督は寄れなかったのではないのでしょうか。また、神聖な銅像らしきものが壊されていたり汚れたアシタの頭にイゴールが水をかけたりと、宗教的なモチーフが用いられていることも安易にアップにできない理由かもしれません。さらには、この直後のシーンがイゴールとアシタの感情がぶつかり合うとても緊張感のある場面だから、その前にひと呼吸置くために、あえてロングショットを選択したとも考えられます。

とても異質で、だからこそ特別さを読み解きたくなる豊かなシーンでした。

次回は成瀬巳喜男監督の『流れる』。

 


映画監督 今泉力哉

1981年、福島県生まれ。2010年『たまの映画』で商業監督デビュー。2019年『愛がなんだ』が話題に。その後も『アイネクライネナハトムジーク』『mellow』『his』『あの頃。』『街の上で』『かそけきサンカヨウ』などを発表。うまくいかない恋愛映画を撮り続ける。最新作は『猫は逃げた』。

Photo:Masahiro Nishimura(for Mr.Imaizumi) Composition:Kohei Hara

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