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『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』(2017)や『女神の継承』(2021)などの名作を次々と世に排出し、“アジアのA24”と称されるタイの映画スタジオGDHが新たに生み出したヒット作、『おばあちゃんと僕の約束』。
今作は2024年、タイで年間興行ランキング2位の成績を収め、世界各国でタイ映画史上最高の興行収入を記録。さらに、第97回アカデミー賞国際長編映画部門のショートリストにタイ映画として初めて選出されるなど、様々な記録を打ち立ててきた。

古い街並みが残るバンコクの下町を舞台に、ガンが発覚した祖母と、その遺産を狙う孫を中心にした三世代の家族の物語を描いた今作。6月13日の全国公開に向けて、主演俳優・Billkin Putthipong(ビルキン・プッティポン)のオンラインインタビューが行われた。
俳優&歌手として活躍し、タイを代表するスターのBillkin。オーディションのために演技レッスンを受けるほど惹かれたという今作の魅力や、初めて経験した撮影スタイルを通じて得た成長、後悔のない人生を送るために意識していることなどを、熱意たっぷりに語ってくれた。

約2年ぶりに演技の仕事に挑んだ
『おばあちゃんと僕の約束』
――Billkinさんはオーディションで孫のエム役を勝ち取ったそうですが、本作のどんな点に惹かれてオーディションを受けたのでしょうか。
今作のオーディションを受けるまで、僕は数年間、演技の仕事を受けていませんでした。その間も演技をしたいと思い続けていたし、つねに機会を探していたんです。ただ、タイミング的な問題もあったりして、強く惹きつけられるプロジェクトに巡り合えずにいました。
撮影現場の雰囲気や演技をすることを懐かしく思っていたときに今作と出会い、このプロジェクトの一部になりたいと熱望しました。その理由はいくつかあって、一つは、今作が語っているテーマ。僕は中華系タイ人の家族の中で育ったため、中華系タイ人の家族の関係をテーマにしたストーリーに、とても共感したんです。

もう一つは、今作の撮影方法。パット監督と話して、今作の撮影は自由度が高く、僕が挑戦できる余白がたくさんあると感じました。例えば、即興の演技をしたり、僕自身が感じることを提案したり……僕自身がキャラクターを発展させて、より生き生きとさせることができるような環境だった。それまで経験してきた撮影とは全くスタイルが違い興味深く、ワクワクしました。
――Billkinさんが演じるエムは大学を中退し、一攫千金を狙ってゲーム実況者になった青年。従妹のムイが祖父から豪邸を相続したと聞き、自分も楽をして暮らしたいと考えたエムは、ステージ4のガンに侵された祖母・メンジュに近づいて相続を得ようとします。そんなエムという青年の人間性を、どのように解釈して演じましたか?

エムは一見、能天気なように見えますが、色々な面でプレッシャーを抱えている人物だと解釈しました。まず、エムはゲーム実況者になると母親に宣言し、勉学を捨てて大学を中退した。あることを成し遂げるために別のものを捨てることで、人は失敗できないと感じ、プレッシャーを感じます。
さらに、年齢や家族の状況にも重圧を感じていたはず。エムの年齢では自立していてもおかしくはなく、彼は自分がお金を稼いで、いずれは母親を養うとも言っています。つまり、最終的には自分の人生のゴールを自分で探さなければいけないとも理解している。だからこそ、エムはおばあちゃんの家に移り住んで、面倒を見たいと申し出たんだと思います。
エム役を勝ち取るため
演技の個人レッスンに打ち込んだ

――減量して体型も変えたそうですね。どれぐらいの期間をかけて役作りをされましたか?
役作りは、オーディションを受ける前から始めました。どうしてもエム役をやりたかったので、オーディションに向けて、演技の個人レッスンを受けたんです。オーディションの後も、他のキャストと一緒に演技のワークショップを受ける前に、個人レッスンを約半年間受けました。
演技以外の役作りとしては、髪を切って減量し、さらに話し方や歩き方、考え方なども変えた。パット監督と何度も話し合いを重ねたり、彼に勧められた演技の手法を試したり、キャラクターを発展させるために、とにかく様々な角度から準備をしました。
――先ほど、即興の演技(アドリブ)をする機会があったとおっしゃっていましたが、具体的なシーンを教えてください。

即興の演技は、撮影中、僕の中で特別な感情が芽生えたときに演じることが多かったです。一つは、ガンのおばあちゃんが化学療法を受けるために、病院に付き添って行くシーン。パット監督はあえてカットをかけず、僕らに即興の演技を続けさせました。それによって、どんなことが起きるかを観察していたんです。
その他には、おばあちゃんの髪が抜け落ちるシーンとか、おばあちゃんが痛みにうめくシーンとか。また、意図せずロングテイクになったシーンもあります。
中華系タイ人の家族を描く物語。
実家の冷蔵庫の写真を送ったことも!

――立派なお墓を欲しがる祖母のメンジュに対して、「おばあちゃんが死んだら、誰がお墓参りに来たかも分からない。だから無意味だ」と返すエムのセリフは、Billkinさんの発言がベースになっているとか。そのほかにも、Billkinさんの意見が反映されたセリフやシーンはありますか?
僕の意見が反映されたセリフやシーンは2種類に分けられ、一つはエムのバックグラウンドを含めたキャラクター作り、もう1つは撮影現場での即興の演技。このお墓にまつわるセリフは、エムのバックグラウンドにあたります。
パット監督は、中華系タイ人の家庭の習慣についてリサーチする際に、僕の実家の様子をヒアリングしました。家の収納や、僕の家族がどんな話で真剣になるか、信じている迷信など。実家の冷蔵庫の中を写真に撮って、監督に送ったこともあります。

即興の演技については、その瞬間の出来事が台本にはない言葉や仕草を引き出すこともある。だからセリフは一語一句、台本通りに言う必要はなく、各シーンで語るべきことの要点さえ押さえていれば自由でした。撮影中、僕は役の動きやセリフがワンパターン化しないように、演技のオプションを監督に見せていました。
――ご家族ととても仲が良いことを公言されているBillkinさん。タイで本作の上映が始まった際、親戚の皆さんが映画館を貸し切って上映会をされたとか。ご家族から、どのような反応がありましたか?
みんな、とても喜んでいました。この作品は僕の家族の文化、つまり中華系タイ人の家族の文化を描いています。家族は映画の中に描かれていた生活様式や考え方、出来事に、とても共感していました。まるで中華系タイ人の生活を伝えるドキュメンタリー映画のようだ、と。自分達の文化を誇りに感じ、さらに、このプロジェクトに参加した僕を誇りに思うとも言ってくれました。

――エムの母親は、自身の母親であるメンジュと多くの時間を過ごしたいと思いながらも、生きていくためには働かなければならず、メンジュの世話をエムに託します。そういったジレンマを抱えて生きる人は、少なくないはず。近年、日本ではワークライフバランスの重要性が高まっていますが、タイではいかがですか?
これは、普遍的なテーマですよね。タイの文化としては、社会人も学生も、仕事や勉強にかなり時間を費やしていると思う。ただ、僕と同世代や僕より若い世代は、ワークライフバランスの大切さを理解し始めているんじゃないかな。社会では仕事や勉強に一生懸命、励むようにと教わるけれど、若い世代のマインドセットが変化したことで、ライフスタイルにも変化が表れてきた。仕事の時間を減らすために効率を上げる方法を考えるなど、人生のバランスを整えようとする人が増えている印象があります。
留学は大きな決断。今を逃したら
もう決心がつかなくなると思った

――Billkinさんは本作の魅力を、「後悔のない人生を送れるようなヒントを与えてくれる作品」と表現していらっしゃいました。ご自身が普段、後悔のない人生を送るために意識していることはありますか?
僕にとって、時間はとても大切。なぜなら時間は過ぎてしまったら、巻き戻すことはできません。僕は過去を後悔しないために、いつも自分自身に、「全力で時間を過ごせたか」と問いかけています。仕事の時間や、家族や友人、愛する人と過ごす時間、やりたいことをする時間など、自分にとって大切な時間ときちんと向き合い、全力を注いだのか。全力で時間を過ごせた!という自信があれば、過去を振り返ったときに後悔することはありませんから。

――昨年、海外留学することを発表されたBillkinさん。大スターとして活躍される中で、留学を決意した理由を教えてください。また、大人になってからの学びを通じて、どんな収穫がありましたか?
今もイギリスとタイを行き来しながら、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)の修士課程で起業論を学んでいます。僕の家系は自営業で、僕の兄弟も両親も親戚も、ビジネスを学んできた。学業を大切にする家系で育ったことで、計画的に人生をマネージメントし、堅実に前を向いて生きる心構えが備わりました。
海外の大学院に進学した理由は、人生で一度は海外で生活してみたかったから。そして、今の年齢を逃したら、留学するのは難しくなると思いました。1、2年先延ばしにして仕事を続けていたら、責任感が大きくなり、今あるものを手放す決心がつかなかったでしょう。
先ほども言った通り、30代、40代になって人生を振り返った時に、もし留学を諦めていたら後悔すると感じたんです。大きな決断ではありましたが、僕は今、新しいことを学ぶ作業がとても楽しい。今学んでいることは、この先に必ず自分のためになるとも確信しています。
映画『おばあちゃんと僕の約束』
あらすじと公開情報

大学を中退してゲーム実況者を目指す、中華系タイ人の青年エム。従妹のムイが祖父から豪邸を相続したと聞き、自分も楽をして暮らしたいと画策する。エムにはお粥を売って生計を立てている一人暮らしの祖母メンジュがおり、ある日、メンジュがステージ4のガンに侵されていることが判明。エムはメンジュの家を相続するために近づくが、メンジュと一緒に過ごすうちに、エムの気持ちは次第に変化していく。
6月13日(金)より新宿ピカデリーほか全国順次公開
Translation: Miwa Takasugi Interview & Text: Ayano Nakanishi
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