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映画監督 今泉力哉の「このシーンたぶんこういうこと」2作目:ジョエル・コーエン『バートン・フィンク』

映画監督 今泉力哉の「このシーンたぶんこういうこと」2作目:ジョエル・コーエン『バートン・フィンク』

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映画監督の今泉力哉が、毎回ひとつの映画のワンシーンにフォーカスし、「映画が面白くなる秘密」を解き明かす連載。

作目
ジョエル・コーエン
『バートン・フィンク』

監督/ジョエル・コーエン 出演/ジョン・タトゥーロ、ジョン・グッドマン、ジュディ・デイヴィスほか 発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント DVD¥1,572

コーエン兄弟は、兄ジョエルと弟イーサンによる兄弟監督。『ファーゴ』や『バーバー』『ノーカントリー』など、彼らが作る映画はいつも、金や名声を追いかける主人公がどんどんドツボにハマっていく。『バートン・フィンク』の注目ポイントは主人公の表情やリアクション。主演のジョン・タトゥーロは中盤までかなり抑えた演技をしているが、例の場面を境に一変。緩やかに物語の変調を意識させる。


映画が面白くなる秘密
「徹底したリアリティに、
嘘(=フィクション)を混ぜ込む」

一本の映画を作りあげるときの、キャスティングや撮影、編集といった段階を振り返ってみて一番覚えていないのが「脚本を書いている時間」なんです。いつも異様に時間がかかるうえによくわからない間に書けている。喫茶店でパソコンに向き合っては、書けなくて諦めることも日常茶飯事。サボってYouTubeやTwitterをのぞいていると、ふと「これって……」とヒントを得て、そうして書き始めると何かに取りつかれているように筆が進み、書き終えた頃にはどうやって書いたのかわからなくなっている。次の映画を撮るときも、前のときの記憶がまったく参考になりません。

そんな私が今回取り上げる映画は、コーエン兄弟の『バートン・フィンク』。この主人公も、ぜんぜんシナリオが書けない脚本家です。

物語はニューヨークで活躍する劇作家のバートン・フィンクが、ハリウッドから大作映画の脚本を頼まれるところから始まります。レスリングが題材という謎さがありつつも、その依頼を引き受けてロサンゼルスのホテルに缶詰めになるバートン。しかし、来る日も来る日も一向に筆が進まない。そんな中、バートンは脚本が書けない悪夢によるものか、変な人たちとたくさん出くわすことに。ホテルの隣室には、声が大きくて暑苦しい営業マンの大男が。ハリウッドのとあるパーティでは憧れの脚本家に出会うも、アルコール依存症で愛人・オードリーに暴力をふるい、今では全く脚本が書けていないと知る。

そのオードリーとなんとなくいい感じになり、彼女がバートンの部屋にやってきたとき、この映画最大の奇妙な出来事が起こります。今回取り上げるのはこのシーン。一夜を共にしたであろう翌朝、蚊が部屋を飛び交っている。ベッドに寝るバートンの横には布団をかぶった裸のオードリーの背中。そこに蚊がとまると、バートンはすかさずパチンと手でつぶし、彼女の肌には血がにじみます。その直後、なぜか彼女の体と布団の隙間から、現実にはありえない量の血が流れ出してくるのです。まるで映画『シャイニング』さながらに。

このシーンは撮り方によっては、単純に彼女の体がごろんと向きを変えて、死んでいることがわかり、「ぎゃー」と主人公が叫ぶ、という、リアリティを追求する描き方もできたと思うんです。でもコーエン兄弟は、「流れ出す大量の血」のような、映画ならではの「嘘」を巧みに差し込みながら、しっかりエンタメ作品に仕上げています。リアリティのある物語に圧倒的なフィクション描写をかぶせると、お互いが引き立つ。

自分も『愛がなんだ』では全体的に生っぽさを追求しながら、テルコが突然ラップをしたり、子ども時代のテルコが現れたりという飛躍した描写を混ぜ込み、相乗効果を狙いました。『バートン・フィンク』はラストカットもとても美しいので、ぜひ一度触れてみてほしい映画です。

次回はみんな大好きタランティーノの『パルプ・フィクション』。「時間軸をいじる効果」などについて。

 

映画監督 今泉力哉

1981年、福島県生まれ。2010年『たまの映画』で商業監督デビュー。2019年『愛がなんだ』が話題に。その後も『アイネクライネナハトムジーク』『mellow』『his』『あの頃。』『街の上で』などを発表。うまくいかない恋愛映画を撮り続ける。最新作『猫は逃げた』が3月18日に公開予定。

Photo:Masahiro Nishimura(for Mr.Imaizumi) Composition:Kohei Hara

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