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第十八話 〜ここまでしてこそ、パンクで候〜

 

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パンクって何で候?

「パンク」は反社会的なこと、革新的なことを音楽&ファッションで一般に浸透させたムーブメント。

 無政府主義の政治団体に所属していたマルコム・マクラレンは、1971年にヴィヴィアン・ウエストウッドと出会い意気投合。ブティックを共同経営した後、74年に挑発的な店「セックス」をオープンする。75年、N.Y.パンクに触れて衝撃を受けたマルコムは帰国後、「セックス」の常連客だったジョニー・ロットンをヴォーカルに据えてセックス・ピストルズを結成。77年には店名を「セディショナリーズ」と改名し、ヴィヴィアンが作る服をバンドの衣装にしてパンク・ファッションを大流行させた。不況にあえぎ仕事もない“ノー・フューチャー”な状況を歌詞に盛り込み、過激なパフォーマンスで一躍若者の心を掴む。ヴィヴィアンのパンクはモード的で、衣服を切り裂き穴をあけ解体、SMボンデージを盛り込んだり、英国トラッドの象徴であるタータン柄を反逆的な服に用いるなど、とにかく革新的だった。

 日本にも70年代末、パンクが上陸。80年に大貫憲章が新宿ツバキハウスで「ロンドンナイト」を始め、82年には「ア・ストア・ロボット」が原宿に開店して日本にパンクを定着させていく。

 94年頃、モード界でジャン・ポール・ゴルチエ、ヘルムート・ラングといったデザイナーがパンクをコレクションで取り上げたり、クリストファー・ネメスが脚光を浴びることで“ネオ・パンク”が盛り上がる。パンクにスポーツやスクールの要素を盛り込んだスタイルが流行、スタイリストのジュディ・ブレイムはジッパーをフィーチャーしたモードなパンクを提案、新たなパンクの象徴となった。

 同時期、日本でもいしだ壱成武田真治といった若手俳優がネオ・パンクを好み、「スーパーラヴァーズ」などの原宿ブランドが人気を集める。大川ひとみが手がける「ミルクボーイ」も日本のパンクを牽引、藤原ヒロシをはじめ、パンクの洗礼を受けた裏原宿系のクリエイターも多い。

 2000年代の海外コレクションでもパンクはしばしばテーマになるが、ここ数年は「ディオール オム」「ルイ・ヴィトン」「ヴェトモン」など影響力の強いハイブランドがパンクをテーマに据えて、モード界にもパンキッシュなアイテムが増えている。

パンクを深く理解するための
6つのキーワード

N.Y.パンク

70年代のラモーンズ、テレビジョンが代表。ビートを重視したわかりやすい音楽にTシャツ、革ジャン、ジーンズ、スニーカーなど等身大のスタイル。

DIY

お金がないキッズたちは穴をあける、カットする、チェーンを垂らすなどしておしゃれを手作り。犬の首輪をネックレスにするのも流行した。

安全ピン

チープなアクセサリーとして初期パンクスが愛用。破けた穴を留めるほか、口や耳にピアスの代わりにしたり、過激な使われ方をした。

キリバリ文字

セックス・ピストルズのグラフィックに用いられた脅迫文のようなキリバリ文字がパンクの象徴に。仕掛けたのはジェイミー・リード。

ロック&チェーン

シド・ヴィシャスがトレードマークにしていた錠前とチェーンのネックレスはパンクの象徴的アクセサリー。今季「ルイ・ヴィトン」が作って話題。

ボンデージ

脚をベルトで縛ったパンツが有名だが、パラシュートジャケットのようにベルトをつけたデザインも。「ディオール オム」が今季、取り上げている。

磯部流「パンク」スタイル!

「アンダーカバー、ファセッタズムに次ぐパンク的なブランドといえば、ダブレット! 拙者は東コレの初ランウェイも見たで候。ランダムワッペンのチルデンセーターにボンデージパンツで、今どきなパンク。ちょんまげがモヒカンのようで、パンクは侍にぴったりでござるな」

漫画:仲間りょう Text:Hisami Kotakemori 参考文献:『ザ・ストリートスタイル』(グラフィック社)

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