極私的、W杯ヒストリー vol.05 ストイチコフ&レチコフ「ブルガリアン・ドリーム」
今日から94年アメリカ大会編です。
この大会といえば
何といっても「ドーハの悲劇」が思いだされますが、
日本と同様、ヨーロッパ予選で終了間際の失点によって
土壇場で出場を逃した強豪国のことを覚えていますか?
この次の98年大会の主催国、フランスです。
カントナ、パパン、ジノーラら前線に当時世界屈指と
いわれたタレントたちを擁しながら、まさかの予選敗退。
本大会でも優勝候補になるだろうといわれていた
ビッグネームが、世紀の大失態を演じてしまったわけです。
そこで今回紹介するのは、
そのフランスを奈落の底に落とした張本人、ブルガリア。
同じ東欧勢のルーマニアとともに本大会でも大きな旋風を
巻き起こしたことは、94年アメリカ大会の必須トピックとして
いまだにサッカーファンたちの間で熱く語り継がれているわけですが、
そのハイライトともいえるのがこれ。
ヨーロッパ予選のフランスに続き、
今度はドイツの2連覇の夢を鮮やかに粉砕したこの試合だ!
―94年アメリカ大会・準々決勝、ブルガリア×ドイツ戦でのフリスト・ストイチコフと
ヨルダン・レチコフのビューティフルゴール2連発―
0-0で迎えた後半、まずはマテウスのPKで先制されたブルガリア。
この大会、グループリーグではアルゼンチンを破るなど
ジャイアントキリングぶりを発揮していたブルガリアも、
ついにここまでかと思った。
そんな矢先の後半30分でした。
悪魔の左足が、一閃。
ストイチコフ得意のフリーキックが美しい弧を描き、
鮮やかに、ドイツゴールに吸い込まれた。
ゾッとしてしまうほど、寸分の狂いもなく、
冷徹なまでにパーフェクトなキック。
これぞストイチコフ、というみごとなゴールでした。
さらにその3分後、今度は、後頭部がお茶目な男、
MFレチコフがドイツの夢を粉々に打ち砕くビューティフルヘッド。
世紀の番狂わせ、ここに完了というわけです。
ブルガリアは次の準決勝でロベルト・バッジョに
やられますが、東欧のフットボールの魅力、というものを
世界に向けてアピールすることに成功したのです。
ソ連解体、東西ドイツ統一、そしてユーゴの内戦、
ルーマニアやブルガリアなど東欧諸国の
一斉民主化・市場経済化などなど、
80年代後半から90年代にかけて、
欧州情勢はまさに激動の時代でした。
ブルガリア、ルーマニアのアメリカでの飛躍は、
まさにそんな時代の流れも少なからず影響を
及ぼしていたのではないかと思うし、
「東欧躍進」を声高らかに世界に
発信する出来事のひとつだったのでは思う。
政治とサッカーの話を一緒にするのは
非常にナンセンスだとはわかっていますが、
こういう時代背景も若い読者のみなさんに
知ってほしかったので。。。
ナイジェリアなどアフリカ勢の台頭もしかり。
いろんな意味で、この94年大会というのは
サッカー勢力図の大きな変化を感じさせられた
大会でもありました。
個人的には、
一番心に残ってる大会ですね。



